苦諦

苦諦とは、四諦の教説の最初にあたって、おごそかな人生の真実の姿を示したものである。「人生は苦である。」とは釈尊の人生観の根本命題であった。
 人生観という言葉は、その用法が漠然としており、意味するところはまちまちである。人間の日常の生活を左右している信念的なもの、あるいは性格的なものを意味する一般的なものから、人生の目的や意義、人間のありかたなどについての哲学的な考察に至るまで、さまざまなものを含有している。したがって人生観ということについて厳密な規定を与えることは殆ど不可能である。しかし、しいて言うならそれは人間の行為を決定する判断の基礎となり、それによって決意がなされるような根本的な立場を意味する。ということができるだろう。しかも行為を決定づける判断の基礎となるものは、人生、世界の全体的、統一的な価値判断の基礎をかたちづくるのである。
 したがって「人生は苦なり」という人生観の「苦」とは単なる生理的な苦しみや心理的な悩みといった感覚的苦を意味するだけでなく、現実の人間の生存自体すべて苦であり、いかなる者といえども人生を享受するからには常に終始しなければならない本質的な生そのものの苦、すなわち生存苦を言うのである。欲望を有し執着を持つということが生存をならしめ、行為を決定づけているからにはねその欲望を満足せしめるか否かが人生の価値決定の最も手近な標準となる。しかもそれは満足せしめ得ないということが「一切皆苦」という仏教の人生観なのである。永遠であり、安定すべき人生を欲する人間にとって自己の生をも含めた一切の存在が流転し生滅していることをはっきりと認識すべきである。したがって、一切皆苦は決して主観的個人的な感情を示すのではなく、人生を本質的に把握する普遍的なものである。ある意味では人生の否定であるとも言える。もちろんただの否定ではなく真実の人生を開顕し尊重するための前提であることは言うまでもない。

苦諦その壱以上。
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by eudips | 2007-05-22 23:54
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